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DXで畜産業界の働き方に貢献

製造から金融・物流まで、あらゆる分野でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進む昨今。
高齢化・人手不足に悩む畜産業界でも、餌やりの自動化、授乳ロボットの導入など、
DXによる業務効率化が推し進められています。
しかし、畜産農家にとって大切な「分娩」は機械任せにはできず、まだまだ働き手の大きな負担となっています。
畜産業界が抱えるこの課題に一石を投じたのが、ニコンのAI搭載ライブモニタリングシステム「NiLIMo」です。

牛の分娩は、24時間目が離せない

畜産農家の業務は、飼育はもちろん、牛舎の清掃から生乳や肉牛の出荷まで、多岐にわたります。しかも、生き物を相手にしている以上、人間の都合で仕事に区切りをつけることはできません。とりわけ、24時間目が離せないのが、牛の分娩です。

牛の分娩には、常に死産などの危険が伴います。牛の育成・販売が大きな収入源となっている肉牛農家にとって、子牛が無事に生まれてくることはきわめて重要です。また、母牛が乳を出すことができるのは出産後の一定期間のみなので、生乳を売る酪農家にとっても、牛の分娩は生計を成り立たせるために欠かせない業務となっています。

そのため、出産時期が近づくと、畜産農家は24時間つきっきりでいつ始まるかわからない分娩に備える必要があります。とくに家族経営のような小〜中規模農家では交代しながら徹夜で見回りをし、突然の分娩に備えなければなりません。

動画×AI解析で、分娩兆候をキャッチ

畜産業界の働き方を改善するため、分娩の高精度な予知に取り組んだのがニコンです。ニコンが培ってきた画像解析技術とAI技術を組み合わせて、ライブモニタリングシステム「NiLIMo」を開発。人間に代わって24時間365日、牛をモニタリングし、分娩を通知するソリューションです。

「NiLIMo」の基本構成はカメラ2台とAI演算システムです。分娩を控えた牛は予定日の1か月前から分娩牛房に移されますが、牛房に設置したカメラで牛をモニタリングし、動画レコーダーにリアルタイムでデータを転送。そのデータをAIで解析し、分娩を予知するのです。

牛は分娩の4~5時間ほど前から特徴的な行動を示します。運動量が増え、立ち座りの回数も増加。3時間前には「尾上げ」と呼ばれる尻尾を上げる行動を始めます。そして、いざ分娩になると、羊膜が現れ、次に子牛の足が出てきます。これら一連のプロセスをなるべく早い段階から高精度に検出できれば、畜産農家も昼夜問わず見回りをする必要がなくなり、労働負担の軽減につながります。

これまでのモニタリングシステムでは「羊膜や子牛の足が出てくるまで分娩兆候がわからず、準備する時間が足りなかった」「牛の動きはわかっても、それが分娩兆候かどうか判断できなかった」という課題もあったのです。

AIの解析精度を高めるには、データの「量」と「質」が問われます。「NiLIMo」では、牛房ごとに2台のカメラを設置することで死角をなくし、さらに静止画よりも格段に情報量が多い動画を用いるアプローチが採用されました。また従来、データの質を高めるノイズ除去などは人手によって行われることが多く、精度のバラつきと、要する時間の長さが課題になっていましたが、ニコンならではの画像解析技術とAI技術のノウハウを駆使してデータ補正の自動化を実現しました。

しかし、「量」と「質」が揃ったデータを得るだけでは不十分です。正しく分娩行動を検出できるようにするには、どの行動が分娩の兆候を示すのかをAIに徹底して学習させる必要があります。もちろん、ニコンの開発チームにとって分娩のAI解析は初めてのこと。手探りでのスタート、ゼロからの出発でした。

開発チームは、熊本の畜産農家にテスト撮影の協力を得た上で、現地に何度も足を運んだり、撮影データを送ってもらったりすることで、分娩についての理解を深め、AIに学習させていきました。人間とAIの共学と言っても過言ではありません。最先端のテクノロジーだけではなく、こうした地道な努力が、「NiLIMo」として結実したのです。

「NiLIMo」では、下図の黄色の範囲のプロセスを高精度にリアルタイム検出することが可能になりました。従来のモニタリングシステムでは、プロセスのうちの2つ、多くても3つしか検出できなかったので大きな成果です。さて、「NiLIMo」によって畜産農家の働き方はどのように変わったのでしょうか。

人間も、牛もストレスのない環境を

「NiLIMo」では、AI解析によって分娩が検出されると、スマートフォンアプリに通知されます。これまで、出産時期は24時間牛から目を離すことはできませんでしたが、通知が来るまで一息つくことができます。その通知も「羊膜が出ているようです」などと音声で伝えられるので、睡眠中も枕元にスマートフォンを置いておけばタイミングを逃す心配はありません。アプリで解析結果を確認し、いよいよ分娩が始まるとなったら牛房へ出向けば良いのです。

NiLIMoアプリの操作画面

「NiLIMo」の利点は人間だけではなく、牛にも及びます。世に出ているモニタリングシステムの中には、牛の体内外にセンサーなどのデバイスを装着するものがあります。尻尾につけるものだと、鬱血して尻尾が腐ってしまうことも。また、これらのデバイスは汚れやすく、洗浄に手間がかかったり、着脱する際に嫌がる牛に人間が蹴られたりするリスクもありました。その点、「NiLIMo」はデバイスの装着は不要。牛房に設置したカメラの前に牛を連れてくるだけで検出を開始し、牛の運動量の変化を測定・記録することができるため、牛へのストレスもありません。

現在、ニコンでは「NiLIMo」のさらなる機能拡張に取り組んでいます。現段階では1つの牛房につきモニタリングできる母牛は1〜2頭が限度のため、50~100頭規模の畜産農家への導入を想定していますが、対応頭数を増やせれば、大規模農家への導入にも道が開けます。また、出産時期だけではなく、発情時期から出生後まで、より幅広いプロセスをモニタリングできれば、受精タイミングの予測や子牛の成長過程での健康管理も可能になります。さらに、ニコンは、馬などの牛以外への応用も視野に入れています。「NiLIMo」の導入が進めば、畜産業界の働き方も大きく変わっていくことでしょう。

畜産業界の課題解決を目指して、ゼロから牛の生態や行動を勉強

映像ソリューション推進室
八坂 駿輝

「NiLIMo」の開発にあたり、農家さんの協力を得て牛の動画を撮影し、膨大なデータを見比べながら、1年半ほどかけてAIに分娩の兆候を学習させていきました。もっとも苦労した点は「検出すべきものを検出し、それ以外を排除する」というチューニングです。最初は、太陽の反射による地面のきらめきを羊膜だと誤認してしまうエラーなどもありました。また、子牛の足の色の違いなど、牛の個体差にどう対応するかという課題もありました。
ありとあらゆるパターンに対応するため、動画一つひとつをじっくり見て、ゼロから牛の生態や行動の勉強。なぜ誤認したのか、どうしたら正しく解析できるのかということを試行錯誤しながらAIに落とし込んでいきました。

映像ソリューション推進室
篠田 兼崇

農家さんから提供いただいた動画の中には、「NiLIMo」があれば防げたであろう死産の様子もありました。開発に向けて苦労も多々ありましたが、使命感を強く感じた瞬間です。
先日、導入を検討中の農家さんにお話を伺ったところ、オーナーともう一人で代わる代わる徹夜して牛房を見回りしているとおっしゃっていたんです。もし、一人が病気になると、もう一人は徹夜続きになるでしょう。畜産現場が人間の労働力次第になっている現実を痛感しました。実際に使っていただいた農家さんからは「夜、寝られるようになりました」という声をもらいました。「NiLIMo」が畜産業界の課題解決の新たな手段になったら嬉しいです。

  • 所属、仕事内容は取材当時のものです。

NiLIMoの詳細を動画で見る

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  • 2024年3月現在、NiLIMoの販売は国内販売のみとなります

公開日:2024年3月29日

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