反射を徹底的に防ぐ
ナノクリスタルコート
レンズ内での光の反射が引き起こすゴーストやフレア。
意図せず起きてしまうと、映像表現が損なわれかねない現象です。
ニコンでは、半導体露光装置の投影レンズでの技術革新をもとに、
従来抑えられなかった光の反射も低減してゴーストやフレアの発生を抑える
「ナノクリスタルコート」を開発。
高度なテクノロジーを、幅広い製品にも活かしています。
低減が困難だったタイプのゴーストやフレアにも効果を発揮
光をまったく反射せず、すべて透過させる。そんなレンズがあれば理想的ですが、今のところ、この世に存在しません。どんな素材を使おうと、どれだけ磨き上げようと、数%の光は反射してしまうのです。
もしもカメラレンズ内で光が反射すると、それはゴースト(光の玉や輪、線条など)やフレア(写真が白っぽくなる)となって映像に現れます。意図せず映り込んでしまうと、時には写真を台無しにしかねない“邪魔者”になります。そこで、カメラのレンズには、反射を防止するためのコーティングも施されています。
しかし、レンズに斜めから入る強い光が引き起こすゴーストやフレアは、どんなコーティング技術をもってしても、大きくは低減できないと思われていました。この難問を解決したのが、レンズ反射防止コーティング「ナノクリスタルコート」です。ニコンにはさまざまな機能を果たすコーティングがありますが、ナノクリスタルコートは反射防止に特化したコーティングです。
反射は、ある物質(例えば空気)を進んできた光が、別の物質(例えばガラス)に入る時に起こります。そして、物質の屈折率の差が大きいほど反射も大きくなります。そこでナノクリスタルコートでは、ナノサイズ※の微小粒子をレンズ表面に塗布。粒子と粒子の間に隙間を開ける構造をつくることで、空気との屈折率の差を小さくしています。これにより、従来のコーティングより反射率をさらに低く抑え、それまでは抑えられなかったタイプのフレアやゴーストを大きく低減することに成功しました。
- ※1ナノメートルは10億分の1m
原点は、半導体露光装置での技術革新
この優れた技術の原点は、半導体露光装置の投影レンズ用に開発されたコーティング技術です。
半導体の高性能化に応えるため、投影レンズには人の髪の毛(太さ平均0.08~0.05mm)の断面に約1万本もの線が描けるほどの高い解像力が要求され、そのためには斜めからの光も取り入れるレンズが必要でした。しかし、従来のコーティング技術では斜めからの光の反射を抑えきれなかったのです。
この課題を解決するため、ニコンはナノテクノロジーを駆使。「ナノ粒子膜」の開発に成功し、これまでになかった反射防止膜を実現しました。
半導体露光装置で利用する光は紫外線です。しかし、ナノ粒子膜の構造は目に見える光に対しても反射防止効果のあることが分かっていました。そこで、ある日、ナノ粒子膜の開発者がカメラ部門の技術者に雑談レベルで情報を提供。これをきっかけに、カメラレンズへの技術転用がカメラ部門でスタートしました。
ここで大きく立ちふさがったのが、量産対応の壁です。カメラレンズは半導体露光装置用レンズと異なり、大量生産しなければなりません。ナノクリスタルコートは繊細な構造のため、組立工程では従来以上に慎重に扱う必要があったのです。この難題も、投影レンズで培った生産技術の活用とカメラレンズ生産技術の協力により克服。AF-S VR Nikkor 300mm F2.8G IF-EDを皮切りに、ナノクリスタルコートはさまざまな高性能レンズに適用されてきました。
顕微鏡の対物レンズにも技術を展開
ナノクリスタルコートのカメラレンズでの高い成果は、顕微鏡対物レンズの開発者も触発しました。斜めからの光を必要とするレンズは、被写体をより明るく観察できることから、顕微鏡の対物レンズにも求められていたためです。
そこで、ナノクリスタルコートの技術を顕微鏡対物レンズにも展開。これにより、紫外線から近赤外線までの広い領域で、透過率の高い対物レンズが完成しました。
空気との屈折率差という“光にとっての邪魔者”を消すナノテクノロジーで、反射という“映像や解像力にとっての邪魔者”を消すナノクリスタルコート。半導体露光装置の投影レンズを原点とし、身近なカメラレンズから生命科学に貢献する顕微鏡のレンズまで、さまざまな製品に応用されています。今後も、ニコンのレンズの性能を支えるとともに、光学コンポーネント製品などさまざまな分野に展開していく予定です。
コーティングのことなら彼にと、頼られる存在になりたい
生産本部
白井 健
入社以来、レンズコーティング技術の開発に携わり、さまざまなレンズへのコーティングに関わってきました。ナノクリスタルコートを採用している製品は高額になりがちですが、それだけの価値はあると自負できる技術です。ナノクリスタルコートが施されたカメラレンズは、他の光学性能も含めて高性能であると感じていただけるのではないでしょうか。
半導体露光装置向けの薄膜技術開発にも、カメラレンズ向けの薄膜技術開発にも長く携わりましたが、カメラレンズのような身近な製品に自分の関わった技術が採用されると、技術者としての喜びを分かりやすい形で実感できます。思い入れのある技術であれば、なおさらです。
コーティングの開発には化学はもちろん、物理学や電気、計測、ソフトウェアなど、非常に幅広い知識が必要となります。それらをもとに、将来的には超硬質な強度と光学性能を両立したコートなど、まだ世の中にない技術を開発していきたいと考えています。また、社内で「コーティングのことなら彼に」と頼られる人になれるよう努めるとともに、そういった人材育成にも力を注いでいきます。
- ※所属、仕事内容は取材当時のものです。
公開日:2020年2月27日