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脳の仕組みを探る

従来の顕微鏡の2倍の解像度でライブセル観察を実現

ニコンの超解像顕微鏡N-SIMシリーズは、従来の光学顕微鏡の2倍の解像度で生きた細胞(ライブセル)の観察を可能とし、生命科学や医学研究をサポートしています。

解像限界を超えた世界を

私たちヒトのすべての活動をつかさどり、意識や心の場所ともされる脳。その脳をどこまで理解できるのかが、現代科学の大命題の一つと言われています。まだまだ謎の多い脳ですが、その研究の進展は生命科学や医学、さらには人工知能の研究を促す可能性を秘めています。

その解明には、脳の神経細胞の様子をありのままに観察できるツールが欠かせません。しかし一般的な光学顕微鏡では約200nm(nanometer : 1mmの100万分の1)が解像度の限界。電子顕微鏡は高い解像度を持っていますが、標本を真空状態などで観察しなければならず、生きたまま観察することができません。そこで活用されているのが、ニコンの超解像顕微鏡N-SIMシリーズです。

N-SIMシリーズは、画期的なイメージング(画像化)法である構造化照明顕微鏡法(Structured Illumination Microscopy)※1とニコンの高度な光学技術を組み合わせ、従来の光学顕微鏡の2倍の解像度(水平解像度115nm※2)を実現しました。

  • ※1ストライプ状の照明パターン(構造化照明)を標本に重ねた時に生じるモアレ縞を読み取り、演算処理することで標本の微細構造を復元するイメージング法。
  • ※2直径100nmのビーズを3D-SIMモードで488nmレーザー励起した場合の半値幅。TIRF-SIMモードでは直径40nmのビーズを用いた488nmレーザー励起で86nmを達成。
既知の高空間周波数のパターン照明を照射することによって、微細構造が「モアレ縞」として取得できる。

シナプスの理解を促進し、
神経科学の前進をサポート

超解像顕微鏡N-SIMシリーズによるライブセル観察は、神経科学の分野にさまざまな知見をもたらしつつあります。

その一つがシナプスについての理解です。シナプスは神経細胞(ニューロン)同士の接合部で、私たちの体の中における情報伝達の要です。その構造を画像化し、特性を理解することが、脳の仕組みの解明につながります。

従来は、シナプスは安定していて、形成後はほとんど構造が変わらないと考えられてきました。しかし、N-SIMシリーズでの観察により、シナプスの形態に異常が生じることが分かってきました。また、その異常がアルツハイマー病や自閉症、統合失調症、双極性障害などの疾患に関係していることも分かりつつあります。

また、N-SIMシリーズで得たシナプス構造の詳細データをもとに、さらなる計算解析を行うことで、これらの疾患を治療する新薬の開発に役立つことも期待されています。

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蛍光タンパク質GFPを用いて識別した樹状突起および樹状突起スパイン。左が従来の光学顕微鏡画像(共焦点画像)。右がN-SIMで取得した画像。従来の顕微鏡よりもディテールが細かい。
写真提供:東京大学大学院 岡部繁男教授

最速毎秒15フレーム、
超解像での超高速イメージングも実現

さらにニコンでは、高速・高精度に照明パターンを切り替える画期的な技術により、新たな高速構造化照明システムを開発。最新モデル「N-SIM S」では、最速毎秒15フレームの高速超解像イメージング※3を実現。超解像で高速タイムラプス取得できるため、よりダイナミックな細胞の変化を観察することができます。

医学や生命科学の発展をサポートするニコンの超解像顕微鏡N-SIMシリーズ。これからも進化を続け、世界中のクオリティ・オブ・ライフの向上に貢献していきます。

  • ※3512×512画素を2D-SIMモードで2msec露光時。
COS7細胞のエンドソームをYFPで標識。エンドソームの速い動きを高解像度で取得。動画は落射蛍光観察との対比。
画像取得速度:6fps
画像取得モード:3D-SIM
撮影協力:東京大学大学院 岡田康志教授

実現できないと思われていることを形にしたい

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写真左から、大原 大典、三宅 範夫、渡邉 渉

光学本部
三宅 範夫

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N-SIM Sの要となる照明系の光学設計を担当しました。光の当て方一つで、標本の見え方はまったく変わります。伝統あるカメラなど結像系の光学設計に比べ、構造化照明の照明系には明確な評価指標、蓄積されたノウハウも少なく手探りでの開発でした。しかし、自由度が高いと言うこともでき、技術者として工夫できる余地の多さが仕事の醍醐味でもあります。

N-SIM Sでは高速でライブセルイメージングができるため、薬を投与した直後の細胞の反応など、今までの顕微鏡では分からなかった生命活動のプロセスを観察できるようになりました。開発に携わる設計者として、これからも従来はできなかったことを可能にする製品を生みだし、さまざまな形で社会に貢献していきたいと考えています。

ヘルスケア事業部
大原 大典

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N-SIM Sでは機械設計を担当しつつ、開発チームのリーダーを努めました。N-SIM Sの開発には光学設計、機械設計、電気設計、アルゴリズムなど多くの開発者が関わっていましたが、問題意識の共有と連携がしっかりとれていました。問題が生じた時など、チーム一丸となって取り組むことができる、とても良いチームだからこそN-SIM Sを完成させることができたと考えています。

「in vivo veritas(生体の中に真理がある)」と言うことがありますが、生物顕微鏡の使命は、その生体真理の追究に貢献することだと考えています。生体内で起きている現象を、ありのままの状態で観察できる顕微鏡開発を、目指していきたいと考えています。常にチャレンジし、実現できないと思われていることを奇抜なアイデアで形にする。このことを常に意識していたいと思っています。

ヘルスケア事業部
渡邉 渉

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N-SIM Sの光源となるレーザーユニットの電気回路設計を担当しました。当初は画像化のスピードが理論値通りに出なかったり、製品リリースを目前に控えた段階で新たな問題が発生したり。トラブルはありましたが、その度にさまざまな系統のメンバーがアイデアを出し合い解決してきました。そこに達成感を覚えました。光学やアルゴリズムなど、電気以外の話を聞けたのも勉強になりました。

電気設計で利用する電子デバイスは日々進化し、高性能なものが続々誕生しています。それらを駆使しつつ、自分の技術を磨き、より多くのお客さまにつかっていただける安価な製品を開発したいと考えています。

  • 所属、仕事内容は取材当時のものです。

公開日:2019年4月2日