万能投影機:ものづくりの
精度を支える陰の立役者

No.5|1939|「精度」をみる

1939年、激動の時代に開発された万能投影機。
精密部品の検査や石油の分布調査、紙幣の鑑別など、
その名の通り幅広い役割を果たしてきました。
復興期、日本の産業を支え続けた、知る人ぞ知る存在。
ニコンの遺伝子ともいえる「精度の追求」がここに始まりました。

コンテンツ監修:『WIRED』日本版 (文: 水谷 秀人 / 写真: 加藤 純平 / 編集:矢代 真也)

往時より日本の製造業が求めていたのは、「つくる」ための技術革新であった。ニコンの前身となる日本光学工業は、1939年に被検物を拡大投影して検査を行う「投影検査機(万能投影機第1号)」を試作。高精度の測定を目的に作られた本機は、さまざまな改良を経て産業の発展に貢献した。

小さなものを大きくしてみるという意味では、顕微鏡と似た役割を担う。しかし、万能投影機は大型のスクリーンに部品の像を投影するため、映った像を複数の作業者が同時に確認することができる。

これは単に効率化のためだけではない。製造現場では、設計者や品質管理担当者など、さまざまな立場の人間が連携してものづくりに携わる。万能投影機によって像を共有することで、各工程での問題点や改善点を即座に検討し、製品の品質向上につなげることができるのだ。

スクリーンに拡大投影された部品の像は、驚くほど鮮明である。まるで、部品そのものがスクリーンの上に浮かび上がっているかのよう。しかし、これほどまでに歪みのない鮮明な像を映し出すには、並々ならぬ技術の裏打ちが必要だ。

測定対象に光を透過させ、その像をレンズ越しにスクリーンへ投影する。一見シンプルな構造ながら、そこには技術者たちの知恵と工夫が凝縮されている。いかにして正確な測定を可能にするか。その答えを求めて、彼らは光学技術の限界に挑んだ。

「万能」の名を背負う機械

1939年に試作された当初の万能投影機は、主にニコン社内の検査設備として使われていたという。工業製品の高精度化が進むにつれ、しだいに需要が拡大。さらに同製品の設計を見直し、視差を最小限に抑える新たな光学技術を採用したことで、測定精度は飛躍的に向上した。

しかし、復興期では「製品をつくること」が優先され、精度向上への関心は低かったといわれている。そんな状況下で、精密機械工業からの需要増が徐々に万能投影機の改良を後押ししていった。

当初の活用先は時計メーカーが主であったが、その後、投影レンズの高倍率化や被検物を載せる台(ステージ)の大型化などの機能強化により、予想外の分野でも重宝されるようになった。警視庁での紙幣鑑別、水産試験場での牡蠣の養殖管理、石油会社での化石の形態検査、そして微生物研究など、用途は多岐にわたる。その汎用性の高さゆえ、正式に「万能投影機」の名がつけられたのだった。

テレセントリック光学系の導入

万能投影機は、肉眼では確認できない精密部品の微細な形状を可視化し、測定を可能にする。それは製品の品質を支える「精度」を生み出す、まさに「目」の役割を担った存在だ。

万能投影機の光学系に採用されている平行光線照明法は、テレセントリック光学系とも呼ばれる。通常の光学系ではレンズからの距離に応じて物体の倍率が変わるため、近くの物は大きく見え、遠くの物は小さく見えるが、テレセントリック光学系では、被写界深度内であれば物体がどこにあっても同じ大きさで見ることができる。結果、視差による立体計測の誤差を低減し、精密な測定を実現する上で重要な役割を果たしている。

より多くの分野で、より精密に測るために

また、光学系以外の技術も進展していく。1978年に発売されたV-24B型では、ステージの上下運動の電動制御を可能にし、重量物の測定を容易にするなど、活用できる分野を広げた。

さらに現在では、投影機に接続したデータ処理装置や測定支援用ソフトウェアが人間の業務を補助することで、システム全体としての測定精度が向上している。

ニコンのDNAともいえる「精度の追求」は、カメラや顕微鏡、半導体露光装置など、手がけるさまざまな製品開発に受け継がれている。ものづくりの現場に寄り添い続けるパートナーとして。万能投影機に込められたニコンの想いは、今も色褪せることはない。

時代が求める「ものさし」となって

時代とともに製造業が進化する中で、求められる精度の尺度も大きく変化してきた。万能投影機がとくに活躍した復興期から高度成長期にかけて、日本の製造業は飛躍的な発展を遂げた。より精密で複雑な部品や製品を大量生産するには、それを支える高精度な測定技術が不可欠だったのだ。

今、私たちは新たな産業革命の時代を迎えている。AIやIoT、ロボティクスの進化により、製造現場の姿も大きく変貌を遂げつつある。加えて、「産業のコメ」と呼ばれる半導体の微細化が進む中、ナノレベルの精度が求められるようにもなっている。

どのような時代の変化の中でも、「精度」の重要性は不変である。それどころか、技術の進歩に伴って、より高い精度へのニーズが高まっているといえるだろう。万能投影機で培われた技術は、現代のものづくりを支える基盤となっている。

ニコンはあらゆる分野で最高の精度を追い続けてきた。根底にあるのは、万能投影機に込められた「精度の追求」という思想である。それは、単に過去の産業を支えた存在というだけでなく、未来のものづくりを支える普遍的な「ものさし」としての役割を担ってもいるのだ。

コンテンツ監修:『WIRED』日本版 (文: 水谷 秀人 / 写真: 加藤 純平 / 編集:矢代 真也)

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