COOLSCAN:電子化が生んだ
「パーソナル×デジタル」という領域

No.4|1993|「デジタル」をみる

1993年、デジタル時代の幕開けに登場したフィルムスキャナ『COOLSCAN』。
報道現場で使われていたシステムを小型軽量・低価格な形に落とし込み、
デジタルとアナログをつなげる手段を一般ユーザーに開放した
ニコンの革新の背景をひも解きます。

コンテンツ監修:『WIRED』日本版 (文: 水谷 秀人 / 写真: 加藤 純平 / 編集:矢代 真也)

コンパクトなボディ、業務用機器譲りの緻密なメカニズム、当時革新的な技術だったLEDの採用……。写真フィルムを読み込み、デジタルデータに変換するフィルムスキャナ「COOLSCAN」を目の当たりにすると、自分が1990年代初頭のデジタル革命まっただなかにいるような感覚に襲われる。

この時代、写真をデータとしてPCに取り込む行為は多くの人にとって敷居の高いものだった。デジタルカメラが一般化する前、写真がデジタルな「画像データ」として扱われることは少なかったのだ。

だが、COOLSCANによるフィルムスキャンの大衆化が写真の可能性を大きく広げる。それまでの製品よりも小型軽量化され、PCに写真を取り込むことのできるフィルムスキャナが身近な存在となったのだ。フィルムカメラで撮った写真をPCでデジタルデータとして管理・編集できるようになり、プロフェッショナルだけでなく一般ユーザーにも写真の新たな「使い方」が示された。

数年後、ニコンは数多くのデジタルカメラを発売するようになる。COOLSCANは、デジタルカメラ普及前夜にアナログとデジタルを結んだ架け橋だった。

デジタル化の波に乗って

1984年、ニコンは報道機関向けフィルム伝送装置「NT-1000」を開発した。特にオリンピックのような大規模なイベントで撮影された写真を、素早く本社に転送するために生まれたものだった。当時の報道写真は、フィルムカメラで撮影され現像後にプリント、電話回線を通じて送信されるのが一般的だった。フィルム伝送装置はこのプロセスを効率化し、フィルムを直接スキャンして送信することで記事化までのリードタイムを大幅に短縮した。

1988年、ニコンの組織自身も大きく変化する。電子画像事業を中核事業へ育成するため、 カメラ事業部の電子画像部門が独立、研究所のプリンター事業と一体化させて電子画像事業室を新設した。同事業室は画像ファイルを軸とした入出力・記録機器に注力することを目指した。フィルムスキャナだけでなくビデオカメラやデジタルカメラ、プリンターなど、現代まで続く多数のデジタル機器の開発を担った。

COOLSCANは、ニコンにおけるデジタル化推進のど真ん中から誕生したといってもいいだろう。

1990年代に入り、画像を扱うデジタル技術が急速に普及。加えて、制作会社や広告代理店などで、DTP(Desk Top Publishing=出版物の編集やデザイン作業等をコンピュータ上で行うこと)やCGのビジュアル材料として、現像後のフィルム画像をデジタルに取り込むニーズが増加した。ニコンは、報道用のフィルム伝送装置の技術をもとに、一般向けの製品開発に着手。そしてCOOLSCANが生まれた。

LED採用で得た果実

最も大きな革新は、LED(発光ダイオード)光源の採用だった。従来の蛍光灯やハロゲンランプに比べて、LEDは発熱量が少なく省エネルギーで装置の小型化に寄与。さらに長寿命で、光源の交換頻度を減らすことができた。

当時の技術のなかで特に革新的だったのは、青色LEDの使用である。既に赤色と緑色のLEDは普及していたが、青色LEDはそれよりも後に開発されたものだ。当時最先端だった青色LEDの導入により、RGB(赤、緑、青)の三原色を用いたフルカラースキャンが可能になり、COOLSCANの誕生へつながった。

LEDの導入による影響は大きく、特に色再現において新たなチャレンジが生まれた。スペクトルの特性により、従来の光源での読み取りとは異なるトーンでデータが生成されてしまう傾向があったという。分光特性を考慮したデジタル画像処理技術が進化し、画質の向上に大きく貢献した。

このような画像処理技術は現代のデジタルカメラにも引き継がれる。COOLSCANの開発で培われた技術が、後年のデジタルカメラ開発の礎を築いたといっても過言ではない。

次世代に繋いだ功績

フィルム写真をデジタルデータに変換する手段を広く世に提供したCOOLSCAN。その登場と成功は、デジタルカメラの普及を待たずして写真のデジタル化に貢献した。

いま、わたしたちはフィルムではなく、メモリーカードに記録された画像データをPCに取り込み、加工や保存、共有を行なう。撮影にはデジタルカメラを使う人もいれば、スマートフォンのみという人もいるが、それぞれにこの一連のプロセスを楽しんでいる。一方で、フィルムカメラの魅力が見直されつつあることからも明らかなように、フィルムという存在の価値もいまだに色あせていない。

COOLSCANはLEDの導入という大きなチャレンジにより、ユーザーが求める小型化をなしとげ、さらに写真がデジタル化されることでその使われ方の可能性を拡げた。COOLSCANの開発に関わった技術者は、「アナログからデジタルを架橋する」ためのプロダクトだったと語ってくれた。デジタルの世界が拡がったからといって、アナログの世界が消えたわけではない。COOLSCANがデジタルとアナログの間にかけた橋は、いまも価値をもちつづけているのだ。

コンテンツ監修:『WIRED』日本版 (文: 水谷 秀人 / 写真: 加藤 純平 / 編集:矢代 真也)

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