ミクロン6×:100年以上前に生まれたミニマル双眼鏡

No.1|1921|「眼前のリアル」をみる

1921年に発売、現在もほとんど同じ基本構造で製造され、
現在も復刻版が販売されているコンパクト双眼鏡「ミクロン」シリーズ。
当時つくられたプロダクトをひも解きながら、
眼前に広がるリアルをたぐりよせる「双眼鏡」という機器に思いを馳せます。

コンテンツ監修:『WIRED』日本版 (文: 矢代 真也 / 写真: 加藤 純平)

「ミクロン(MIKRON)」という名前にふさわしい、想像を超えた小さなサイズ。精度の高さがうかがい知れる、接眼レンズのスムースなピント調整機構。そして、それらが実現する快適な視覚体験は、まるで手を通じて双眼鏡と目が接続され、視覚が拡張されたような錯覚をもたらす。

1921年にニコンの前身となる日本光学工業が製造・販売した「ミクロン6×(以下、ミクロン)」は、およそ100年前の双眼鏡とは思えない。それどころか、双眼鏡という光学機器のひとつの完成形を使っている気持ちになる。ニコンが誇る双眼鏡の代名詞として、当時の構造を保ちながら現在も復刻版が販売されていることにも納得がいく。

いまから100年前に世へと送り出されたミクロンは、その名前の通り「コンパクトさ」がコンセプトとなっている。発売翌年に出展した平和記念東京博覧会でのパンフレットには「『ポケツト』ニ入ルモ少シモ嵩張(カサバ)ラズ」との言葉が踊る。実際に、屋外行楽での自然観察といった目的で広く一般に受け入れられたという。また、同じパンフレットには「『レンズ』ハ本社獨逸(ドイツ)技師ノ苦心ノ設計ニ係リ〈〜中略〜〉映像ノ鮮明ナルコト輸入品ニ遥ニ優レリ」とも書かれている。

技術とともにもたらされた思い

ニコンの前身である日本光学工業にドイツ人技師がいたのには理由がある。日本光学工業は当時光学技術で最も優秀とされていたドイツから、1921年に8人の技術者を招聘。天才の呼び声が高い数学者のランゲ博士や、アハトなどの光学設計者たちを招き、国内で光学機器を一貫して製造できる環境をつくるべく、技術研究をつづけていたのだ。

日本光学工業の現場は、自分たちの光学機器づくりをさらに磨き上げた。そして、ドイツの技術者との交流を通じて、ものづくりに関して多くのことを学んだ。

精度と効率を両立する技術

レンズの原料となるガラス素材はドイツから輸入されたが、レンズ加工や研磨といった製造工程はすべて日本光学工業で行なわれた。先述した当時のパンフレットに書かれた「輸入品ニ遥ニ優レリ」には、日本光学工業の自信が表れている。

その背景は、製造に盛り込まれた技術からも生まれているのだろう。現在でも利用されているアルミダイキャストと呼ばれる技術によって精度の高い躯体を製造、さらに当時から効率的な工作を行なっていたことも記録からは読み取れる。

ユニークなデザインの背景

また、ミクロンがもつ独自のフォルムも注目に値する。対物レンズと接眼レンズの横にそれぞれ配置された、特徴的な山型の突起は、双眼鏡に欠かせない光を曲げるプリズムの形そのものだ。そのアイコニックなフォルムは、双眼鏡としてのミニマルな形状を突き詰めた結果といってもいい。

世界で名が知られるプロダクト

本体にあしらわれたJOICOのロゴはニコンの前身となる日本光学工業株式会社(Japan Optical Industry Company)の頭文字を取ったもの。当時から将来の輸出に備え、商標登録も行われていたという。1925年に発売された「JOICO顕微鏡」にも、その名が刻まれている。

その読み通り、ミクロンは日本発の光学機器として、世界で名が知られるプロダクトとなっていき、国外への輸出が行われていた。

立体感というリアリティの再発見

100年前のミクロンを手に、21世紀の美術館や公園を散策してみても、違和感はない。

接眼レンズに備え付けられたピント調整は吸い付くような動きを見せ、ストレスを感じることはほとんどない。そして、最適な倍率と視野のおかげかブレがほとんどなく、自分が見たい視野を容易に確保することができる。

また、改めて双眼鏡を使ってみると、PCやディスプレイを通じて平面の画像を見ることが多いからか、その立体感やリアルな色彩に驚かされることが多かった。左右の目のそれぞれが世界とつながっている感覚は、バーチャルリアリティでは得られないものだと改めて思う。ミクロンを気軽に取りだして、遠くにあるものを目の前に引き寄せるという行為が、自分の好奇心を刺激してくれる。

遠くをじっと見つめる。ミクロンを使っていると、せわしなく動きつづける時代のなかで、そんな当たり前の行為から最近遠ざかっていたことに気づかされる。

ミクロンが生まれた100年前、当時の人々はどんな思いで双眼鏡を覗いていたのだろう。

ミクロンというプロダクトは、そんな想像も掻き立ててくれる。

参考文献:中島隆、『双眼鏡の歴史:プリズム式双眼鏡の発展と技術の物語』、地人書館、2015年

コンテンツ監修:『WIRED』日本版 (文: 矢代 真也 / 写真: 加藤 純平)

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